戦地からの手紙
愛知県南知多町の中之院(通称たぬき寺)に、たくさん
の軍人像があります。
上海上陸作戦で、戦死された兵士の皆さんです。
市千種区の月ゲ丘に安置されていたものを、この中之
院に移転したのだそうです。
このたくさんの表情豊かな、リアリテイーに富んだ若き兵士の像を見て、戦死した、義
父の弟が、戦地から家族に送った手紙のことを思い出しました。
それはこんな風に始まります。
”お手紙ありがたく拝見しました。9月30日、10月の両通とも、 本日受け取りました。
そちらもお変わりないとのこと、安心いたしました。 小生もあいかわらず、元気で、
不思議にも病気をしませんからご安心ください。 お手紙によりますれば、○○さんが
戦死されたのこと、まったく気の毒なことでした。戦地の様子は、内地のみなさんのほ
うが、よくご存知のことと思います。
戦地ですから、焼夷弾も砲弾も飛んできますよ。な~に、そんなに、負傷するものでは
ありませんよ。友人にも数人会いました。支那兵が強いなんて、心配せられますな。
ただ、地の利を得ているに過ぎないのです。近日中に、支那中央軍壊滅の日もくると
存じています。日本兵の勇敢なのには、われながら、 驚きました。 皆々様に
よろしく 敬具
兄上様
十月十七日 ”
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数年前に義父が亡くなり、家の整理をしたときに、タンスの奥に丁寧にしまわれていた
ものでした。封筒はぼろぼろで、鉛筆書きのものとペン書きのものと、二通ありまし
た。60年余たっていると思われますが、はっきりと読み取ることが出来ます。
きっと、義父は、この若くして戦死した弟のことを一時も 忘れることは無かったに
違いありません。家族に心配をかけないように戦地の様子を伝え、やさしい人柄をし
のばせる生き生きとした文面に、熱いものがこみ上げてきました。
手紙を書いた人も、大事にしまっておいた人も、もうこの世にはいません。 けれど、
ずっと、大切に保管されてきたこの手紙が、心の中で思い続けることや、家族の絆の
大切さを私たちに伝えてくれているような気がしてなりません。
毎年、終戦記念日が近づくと、思い出され、新たな気持ちにさせられる手紙です。
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